遺品整理の見積りに行ってきました。

本日は、和歌山市で遺品整理の御見積りを頂きました。

阪和道を走り和歌山ICで降りるのですが、トイレ休憩の為に紀ノ川SAに立ち寄りました。

ここは、前にも紹介しましたが[爆弾カレーパン]と言うパンで有名です。

なんとカレーパンの中に半熟卵が入っているのです。250円ぐらいだったと思います。売切れ続出です。

今年も、トイレの入口の屋根に雀が帰って来ました。既に雛も誕生していた様子です。

ハチ北高原近くで不用品回収

今日は不用品回収の御依頼で、兵庫県香美町に行ってまいりました。

さすがに、御見積に何度も伺える距離ではないので、電話で話しをつめさせて頂いての即日撤去作業です。

遠方の場合は、幅をきかせた概算金額を伝えての作業は、よく行います。播但連絡道路の最終、和田山ICを降り9号線を鳥取方面へ。信号機の向きが縦になっています。アルバイトのK君は都会育ちなもので、意味が解らないよう。積雪の影響が受けにくいようにと教えてあげると、ひたすら感心しています。

ハチ北

八北高原

ハチ北高原が、まだ雪景色なのには私Tもビックリでした。

京都、円山公園。

4月16日に友人達と、京都市東山区の円山公園で、遅めの夜桜花見を行いました。

桜は先日の雨で3分程の葉桜でしたが、気温もそれ程には下がらず久しぶりにゆっくりと過ごすことが出来ました。

信楽市で遺品整理

遺品整理の御依頼を頂き、滋賀県甲賀市信楽町に行きました。

 

新名神高速道路の信楽ICを降り国道307号線を下って行きます。

信楽駅に近づくにつれ、国道沿いの両サイドのお土産屋さんでは所狭しと狸の置物が並んでいます。

 

よく見て見ると一体づつ微妙に表情が違います。

 

「あれ~、これはアルバイトのFにそっくりですねぇ」とM君。

そうゆう君だって、向こうに並んでるのに良く似ているよ。

遺品整理から見る日本の今

昨年の後半に取材を受けました。

編集・取材ライター講座を受講しているY様の卒業制作で当社の遺品整理から見えてくる現在の日本をどう感じているかの取材を受けました。

 

タイトル『変わり行く日本』

2011年も残すところあと2ヶ月を切った。今年は日本にとって近年まれに見る激動の年であった。鳥インフルエンザ、東日本大震災、福島第一原子力発電所の原発事故から始まった放射能問題、九州新幹線開業、総理大臣の交代…。2011年は中でも特別な年であったとしても、日本は近年、大きく変わってきたし、これからも変わっていくことだろう。日本が変わり行く中で、技術の進歩や暮らしの質の向上など、良い面もあるが、災害対策や福祉・年金問題、少子化問題等、代わりに発生する諸問題が、毎日メディアを賑わせている。

時代が生んだ職業「遺品整理屋」

変化を続ける今の日本で必要とされ、生まれた「遺品整理屋」という職業を皆さんはご存じだろうか。遺品整理屋とは、名の通り、亡くなられた方の遺品をご遺族の代わりに整理することを生業としている職業である。「そんなことビジネスにするの?」と驚かれる方も中にはいるだろうが、日本において遺品整理屋が初めてできたのは2002年。もう9年前のことである。日本初の遺品整理屋は吉田太一氏が立ち上げた「有限会社キーパーズ」である。「今まであれほど客に喜ばれることがあっただろうか」と、立ち上げ当初のことを吉田氏は語る。きっかけは“偶然の”遺品整理だった。当時吉田氏は引っ越し業をしており、ある案件の見積時にお宅へ伺ってみると、「この箪笥は私の家に、この冷蔵庫は姉の家に」と、送り先がばらばらだった。さらに、それ以外の荷物の処分先に困っている様子だった。見かねた吉田氏が「うちで全部引き取りましょうか。」と提案すると、大変感謝された。実は亡くなった方の家の片づけ、すなわち遺品整理だったのだ。現在、遺品整理を生業とする会社はざっと調べただけでも全国に30社弱は存在する。

「相談をしてくださる遺族の方もご事情は様々で、とにかく安く、早く遺品を整理してほしいという方もいらっしゃれば、ご自身で整理しようと何度も試みたが、想いが蘇ってしまい、どうしても作業が進まず困り果ててしまった方、遠方にお住まいで、仕事の都合上休みがとれず依頼くださる方など、様々です。」と語るのは株式会社セントワークス代表竹澤光生氏。セントワークスは遺品整理、不用品回収、ハウスクリーニングなどを手がける専門会社である。「この仕事は信用第一です。」と竹澤氏は言う。取材をさせて頂いた日の午前中も、近畿で1件、遺品整理の仕事があったと言う。20日ほど前に、不動産屋から「住人が変死している。」と遺品整理の問い合わせがあり、見積もりに伺った際に、ふと気がついた竹澤氏は、玄関にガムテープで目張りをして帰った。死後時間がたつと、死体には蛆が湧く。家の隙間に目張りをしておけば、少しでも蛆の発生を抑えられる。セントワークスの心遣いであった。結局、その案件は他社との相見積であったが、遺族の希望でセントワークスに依頼がきた。また、同じく取材中、宅配業者が段ボールを集荷に来た。午前中に整理を行った際にでてきた、写真や印鑑、現金などの貴重品を、遠方に住んでいる依頼主へ送付するところであった。「現場の状況や、依頼主の条件によっては、鍵を受け取り、依頼主の立会なしに作業を行うこともある。だから、信用第一なんです。」

過酷な現場も存在する

遺品整理の仕事は必ずしも綺麗なことばかりではない。人が死んでから長期間放置された現場では、時に凄惨な光景を経験することもあるという。北陸地方にある小さな町。まだ20代の男性が、天井の梁にロープをくくりつけ、首をつって自殺していると大家から連絡が入った。第一発見者である大家が、玄関の扉を最初に開けた際に見たもの。それは、すさまじい現場だったという。床の上にごろんと転がった頭と、首なしの胴体。残暑が厳しい9月だったにも関わらず、気密性の高いマンションだったため臭いが外に漏れず、発見まで2週間かかってしまった。その間に腐敗が進み、死体は、自らの身体の重みで首を吊ったロープによって首のところから切断されてしまったのだ。 セントワークスが部屋に入った際には、死体はすでに警察によって片付けられていたが、天井から吊られたロープに付いたままのこすれた皮膚や体液、それにたかる蛆虫やハエ…。その光景や臭いは、想像するしかないが、相当、強烈なものだろう。また、こんな現場もあった。名古屋市郊外で70代後半のおじいさんが亡くなった。おばあさんは先にご病気で亡くなっており、その3回忌の打ち合わせのために友人が訪ねたところ、おじいさんが亡くなっていたとのこと。8月の夏真っ盛りに、死後2週間経って発見されたため、またも死体の腐敗が進んでしまっていた。人間は、死ぬと「腐敗液」というものが体内から出てくる。このとき、死体からでてきた腐敗液が、畳にヒト型の黒いシルエットを作っており、あたまがあったと思しき所には、入れ歯が転がっていた。腐敗液はぺちゃんこの布団からややはみ出すように広がっていたため、心不全か何かを起こして悶絶した挙句、そのまま息絶えたのかもしれないという。

遺族を思えばこそ

血のつながった家族、親戚が亡くなったと聞いて、かけつけた遺族がこんな現場を見てどう思うか。驚愕、ショック、悲しみ、後悔、羞恥…人によって様々だろうが、精神的に負荷を追っているのは間違いない。また、感情面もさることながら、遺族が高齢者の場合、重い家具や家電の整理など、肉体面でも遺品の整理が難しいことも多い。そんな需要に応えてくれるのが遺品整理屋である。「特に遺族の方への配慮を大事にしています。」と竹澤氏は言う、前述の「信用第一」と重なる部分であるが、セントワークスでは遺品を“処理”するのではなく“整理”として考える。箪笥の中のものは、重量があまりなく、そのまま持ち運べそうであっても、必ず一度全部出す。面倒でも、そうする。その中に故人にとって、遺族の方にとって大事なものが入っていた場合、箪笥の移動中に中で動いて傷つけてしまう恐れもあるし、現金や通帳など、貴重品が入っていることも多いからだ。また、現場の状況によっては荷物の運び出し時に多少手間でも、玄関を都度閉める。もしくはカーテンを設置し、周囲から中が見えないよう心配りをする。周囲の住人や大家さんへの配慮も忘れない。現場が高層マンションであっても、エレベータは独占しない。通路に無造作に台車を置かない。1つ1つは小さな気遣い、人によっては「当たり前」と思うかもしれない。でもその当たり前を守ることは、意外と難しい。傷ついている遺族にとっては、その気遣い1つが大きな励み、助けになることもあるだろう。

遺品整理から見える日本の問題

「孤立死」と「自殺」

日本で核家族化が進み、高齢者の一人暮らしが増えたことで「孤立死(孤独死)(以下、孤立死に統一)」が問題視されて久しい。孤立死に明確な定義はないが、Wikipediaでは「孤独死」として「主に一人暮らしの人が誰にも看取られることなく、当人の住居内等で生活中の突全的な疾病などによって死亡することである。特に発症直後に助けを呼べずに死亡するケースがこのように呼ばれる。」と掲載されている。「孤独死」という言葉は元々、阪神大震災後に、被災者が仮設住宅生活の中でコミュニティが希薄になり、隣人が変化に気付きにくく、そのまま死亡に至る人が出てきたことで問題視され、生まれた言葉である。ところが、阪神大震災から時間が経過したいまでも、孤立死は減少するどころか増加している。内閣府が発行している平成23年度高齢社会白書によると、東京23区内における一人暮らしで65歳以上の人の自宅での死亡者数は、3年連続で2,000人を超えており、さらに孤立死の数は2000年に比べ2009年度では3倍になっているという。孤立死は、第一にやはり高齢者に起こりやすいとされている。核家族化が進んだことで高齢者の一人暮らしが増加したことに加え、情報化社会が進み、一人で楽しめるコト・空間が増えたことも起因している。第二に起こりやすいのは、独身男性と言われている。離婚や突然の解雇などで、仕事もプライベートもコミュニティを断たれてしまった人に特に多いという。この場合、単に「孤立死」だけでなく「自殺」という日本が抱えている別の問題も絡んでくることを忘れてはならない。日本は今、自殺大国と呼ばれている。内閣府が発行している平成23年度自殺対策白書によると、日本の自殺者の数は、平成10年以降、13年連続して3万人を超える状態が続いており、自殺者全体で見ると中高年男性が占める割合が高い。さらに、近年の自殺年齢の特徴として、70歳以上の自殺死亡率が減少する一方で、20歳~40歳代前半の、社会で活躍する若年~中堅層の自殺死亡率が上昇する傾向にあるという。政府もこの現状を問題ととらえ、平成18年に自殺対策基本法を制定するなど、様々な施策を打っているが、現状改善には到っていない。さらに問題なのは、孤立死や自殺が起こった場合、残された遺族が、「なぜもっと早く気がつかなかったのか」と自責の念にかられてしまうこともある。また、長期間放置された現場を見た際のショックでトラウマを抱えてしまう人もおり、残された遺族の心のケアも早い段階で行う必要がある。今の日本の生活スタイルを続けていく上で、上記のような問題は今後さらに増えていくだろうと思われる。

自分の「生」と「死」を考えながら生きていく

「遺品整理屋」について、あなたはどう思うだろうか。人の弱みにつけこむ薄情な商売だと思うか、今の日本に必要な職業だと思うだろうか。少なくとも、遺品整理屋に対し、近年世間の注目が集まっていることは確かだ。本屋にいけば、「遺品整理屋は聞いた!遺品が語る真実」(前出:吉田太一著)を筆頭に、遺品整理屋が自身の経験を著した書物が売られており、最近ではドラマ、映画のテーマとしても扱われている。上記のような問題を抱える日本で、それだけ、人々が「死」、「死に方」について敏感になっており、興味を持っていると考えられる。

あなたは大事な人の形見をもっているだろうか。故人のお財布やアクセサリーを譲り受けて使っている人もいれば、想い出は心の中にあれば十分、というひともいるだろう。形はなんでも良いが、大事なのは、故人を敬い、いつまでも想い続けることだろう。また、残された人たちが、いつまでも故人の死にとらわれず、それぞれの環境の中で、自分の人生を一生懸命に、大切に生きていくことだろう。

死は、誰にでも、いつでも、起こりうる現象である。あなたは、自分が死ぬとき、誰に、何を残し、伝え、死んでいくだろうか。こんな時代だからこそ、前向きな気持ちで自分のエンディングを考えるときがたまにはあってもいいかもしれない。

次のページ →