泉大津の歴史は古く、奈良時代には府中におかれた国の役所の外港として栄えていました。交通の要として天皇や国司、 歌人、文人らの往来も多く、古くから随筆や紀行の中にも、“小津の泊”、“小津の松原”、“大津の浦”など名勝の地としてしばしば登場しています。土佐日 記の中でも、土佐守の任期を終えて帰京する途中当地を通った紀貫之が「行けどなお行きやられぬは妹がうむ小津の浦なる岸の松原」とあり、また更級日記の作 者も、大津の浦で暴風雨にあい、舟を丘の上に引き上げて夜をあかした云々と期しています。
やがて明治になり、明治22年4月1日、市町村 制の施行により、それまでの17か村がそれぞれ大津村、穴師村、上條村の3か村に統合され、和泉郡の所属となりました。その後大津村は大正4年4月1日に 町制を施行して大津町と改称し、昭和6年8月20日に穴師・上條村を合併した後、昭和17年4月1日に市制を施行(府下7番目)、泉大津市と改称して今日 に至っています。
本市は、大阪府の南部に位置し、北部・東部は高石市と和泉市、南部は大津川を境として泉北郡忠岡町と隣接しています。西北部は大阪湾に面し、はるかに六甲山、淡路島を望むことができます。
経緯度は、東経135度24分、北緯34度30分です。
地形は市内全域がほぼ平坦で、市内全域が市街化区域になっています。気候は、瀬戸内性気候に属し、年平均の気温は17度前後と温暖で、冬季に氷点下になることは比較的少なく、降雨量は年間850~1,400mm程度となっています。
市制施行当時の市域面積は、8.20平方㎞、人口は33,307人でした。その後、市勢の発展と、臨海部の埋め立てにより、平成21年8月1日現在、面積 は12.95平方㎞、うち約3.99平方㎞が公有水面の埋立地で、東西約5.4㎞、南北約5.5㎞にわたる都市です。